毎月の月初に朝礼やるの意味あるか?それともまともな会社かどうかのバロメータ?

毎月月初に朝礼がある会社ってけっこうあるでしょうね。それ自体悪いとはいいたくないですが、ぶっちゃけ今のご時世ではあまり意味のあることではないのではないかと思います。

なぜ朝礼をやるか

 

連絡事項の伝達

連絡事項を社員に伝えるのに朝礼を利用する会社は多いでしょう。ですが口頭で伝えることで果たして全社員にきっちりと伝わるかというと甚だ疑問です。

 

思うに情弱度の高い会社(あるいはリテラシー低い会社)ほど物理的に集まって情報伝達したいのではないでしょうか。

 

逆に情弱度が低ければ情報はもっと効率的な手段で伝えるか或いは伝えるようインフラ整備を進めるでしょう。例えばこれも決して新しい手段ではありませんがメールや自社サイトの社員専用掲示板など。

 

物理的な掲示板でも良いでしょう。物理的な掲示板なんて誰も見ないかもしれませんが、見ないのは見なくても済んでしまう会社だからです。見ておかないと大変なことになるのなら皆物理的な掲示板だろうと見ますよ。

 

とにかくわざわざがん首揃えて連絡事項を伝達するのは時間のムダ。ほかにやることないのって感じです。

モティベーションの高揚

朝礼は一種のモティベーションの高揚効果があるともいわれています。人というのはなぜかある区切りになると新しく自分を高めたくなる性質があります。例えば新年になるとなにか誓ったり、誕生日を迎えると婚活を始めたり減量を始めたりなど。

 

そういったある区切りで何か「やろう」という気持ちになんとなくなるのが人というものです。それを逆手に取って朝礼でもモティベーションの高揚を狙うのです。

 

朝礼で誰かの達成事項などを聞くと「自分も」なにか成し遂げたいとかいう気持ちがちょっとだけ高まる可能性を秘めています。

 

ただそれは毎度毎度やっているとマンネリの波に飲み込まれていつのまにかモティベーションは沸かなくなります。

 

仮になにか成し遂げようと思ったとしても成し遂げられない経験を積みすぎると結局なにかの区切りが逆に成し遂げられない自分を思い出し朝礼は憂鬱なだけのイベントに成り下がります。

 

なにか成し遂げたいと思ったら朝礼の日なんて関係ありません。やる人は今日から、今からすぐにやるのです。いつからやろうではなく今すぐやり始めようという人にならないと手応えのあることは成し遂げられません。

一体感の演出

朝礼というのは社員全員あるいは部署全員一同に会しますから滅多に会わない人とも会う機会です。こういうときに「ああ、この会社にはこんなに人がいたのか」とか思ったりしますね。

 

そして知らないような人たちとも一緒に仕事をして利益を上げようと毎日協力しあっている自分に気づきます。

 

他の日には見過ごしていた隣の人とのふれあいをこの朝礼の日に思い出すのです。

 

でもこれってある限られた業種だとそこそこ有効かもしれませんが、業種によっては関係ないかもしれません。メーカーだと彼らと一緒に1つのモノを作って完成させていくんだという感慨を感じるかもしれません。

 

でも業種によってはばらつきがありますね。営業主体の商社とかどうなんでしょうか。いくら一体感を感じても自分の成績は自分の成績、人の成績は人の成績です。部署全体で成績がよくても自分の成績が振るわなければリストラの憂き目にあうかもしれません。一体感を感じても意味ない業種でしょう。

 

朝礼で一体感を感じる暇があったら営業周りしたいって思うかもしれませんね。

表彰等

内外資格取得の表彰や提案の表彰をしたり、新入社員を紹介したりというのは朝礼の場でやると効果的です。表彰は大勢の前でされれば本人は優越感を得られるでしょう。他の人も負けるものかというモティベーションになるでしょう。新人を紹介するのにいちいち各部署回るより全員が一同に会しているときに紹介してみせるのが効率的です。

 

こういった行為は朝礼の場でやることに意味はあるでしょう。

 

訓示

筆者も毎月朝礼のときに訓示を1~2分やっています。かれこれ3年ぐらいはやってます。もちろん好き好んでやっているのではなくトップから何か業務に関することを言えと命令されているのです。自分より職制や年が上の人間も何人かいるのに品質担当だからと毎月発表させられるのです。

彼らを差しおいてやらされているのは自分が優秀だからなのかたまたま職種がそうだからなのか不明ですが毎月憂鬱です。だって偉そうなことを偉くもないやつが言うんですよ。

この訓示というのもあってもなくてもどちらでも良いものです。どちらかというとないほうが良いものです。人の訓示をタダで聞くほど退屈なことはないのではないでしょうか。

 

お金を払って誰か著名な人の講演を聴きに行く機会は誰でも人生のうちに何度かあるでしょう。それは自分が聴きたい人の話をお金を払って聴くわけですから集中して一言一句聴き漏らさないように聴きますよね。

 

朝礼の訓示はそれと真逆です。聴きたくもないことをタダで聴くわけです。誰も耳を傾けません。それを真面目に聴くやつが出世するとか伸びるとか寝ぼけたことを今あなたは考えませんでしたか?

そういう時代じゃないです。

 

訓示はお金を払って聴くべきです。タダのもので身についたものがなにかありますか?ないでしょ?

まとめ

朝礼というのは今時やっても仕方ない悪習であるという結論です。ただしある程度以上の伝統のある組織や精鋭が揃った組織なら朝礼から得られる成果も多いでしょう。